「ねえ、姫乃」
「なに、お母さん?」
「そういえばさ、今更こんな事聞くのもなんだけど、アンタが保母になろう とした動機ってなんなの?」

夕食の後かたづけをすませ一息ついていると、不意にお母さんがそんなこと を聞いてきた。

「あれ、話したことなかった?」
「ないわよ。ある日突然、『私、保母さんになる!』‥‥それだけね」
「そうだった? それじゃよくそういうこととか気にしないで、短大の入学 とか一人暮らしを許してくれたね?」
「アンタがそうしたいって決めたことなら、私が止める理由もないでしょ、 好きになさいって感じだったもの」
「ホントいい加減というか、大ざっぱなんだから‥‥」
「おおらかと言いなさい。で、まさか動機もなくいきなり思いついたわけで もないんでしょ?」
「それはもちろんそうだけど‥‥」


私が保母を目指した理由はホント呆れるくらいシンプルで、人に話すのもな んだか恥ずかしい‥‥

それは数年前、未来さんが亡くなられて、落ち込んでいた光一さんの手助け を少しでもしたくて、生まれたばかりのさくらちゃんの面倒を見始めたのが きっかけだった。それまで妹である紅葉の面倒を見たことがあっても、そん なに小さな、まだ首も据わらない赤ちゃんの世話なんてしたことがなかった から、やることなすこと全てがおっかなビックリで、どう接していいか最初 は戸惑って、それでも光一さんのお役にどうしても立ちたくてお母さんに聞 いたり、私なりに頑張った‥‥
だけど、なんだかいつの間にか光一さんのためというより、さくらちゃん の面倒を見るのが純粋に楽しくなっていた。おしめをかえてあげるのも、ミ ルクを飲ませてあげるのもお風呂に入れてあげるのも楽しくて‥‥とても愛 おしく思えた。
小さな手で私の指を力一杯掴んで離さないさくらちゃんを見ていて、こうい う道もあるかななんて漠然と思って‥‥やっぱり単純なのかな私って‥‥

「おーい、姫乃ちゃん、ボーっとしてどうしたのよ? あっちの世界に行っ てないで帰ってきなさい」
「へ? ああ‥‥なに、お母さん?」
「ハァ〜、もういいわよ‥‥まあ、動機はなんにせよ保母、頑張りなさい よ。余所様の子供を預かってるんだからいい加減はダメだからね」
「そんなのわかってるわよ。こう見えたってプロなんだから、仕事は完璧に こなすように努力してるもの」
「はいはい‥‥だけど、仕事だからって考えてるようじゃ、アンタもまだま だ半人前ね」
「もぉ〜、お母さんたら‥‥」

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「ひめせんせー、ごほんよんでー」
「ひめせんせー、いっしょにおうたうたってー」
「ひめせんせー、すなばであそぼーよ」
「はいはい、順番にね」
「あーい♪」


「くぅ〜〜〜‥‥」

子供達を寝かしつけて私は大きく伸びをする。 お母さんにあんなことを言われるまでもなくわかっていたことだけど、改め て保母という仕事の大変さを痛感させられる。
子供とはいえ、みんな自我があって、それぞれがそれぞれの思うままに動こ うとするからまとめるのが一苦労‥・
今だって、お昼寝の時間だとわかって るくせに教室中を駆け回って布団に入ってくれようとはしないし‥‥
目が回るっていうのはこういうことをいうのね。
泣き虫な美月ちゃん、ガキ代将な修くん、お姉さんな雅ちゃん、みんなみん な個性的で毎日手を焼かされてばかり、ホントただ子供好きだっていうだけ じゃ勤まらないな‥‥
だけど、それでもやっぱり私はこの道を選んでよかったと思う。
だって、あんなにもみんな私のことを好いてくれる、微笑んでくれる。
あの笑顔を見るだけで心が温かくなって不思議と疲れなんかスーッと抜けて いく。それにこの寝顔‥‥なんて可愛いんだろう。起きている時は私を困ら れてばかりいる無邪気な小悪魔だっていうのに、まるで天使の寝顔。
ほっぺただってこんなにプニプニして、お日様のにおいのする可愛い可愛い 子供達、思わず抱きしめて頬ずりしたくなっちゃう。
私は出産の経験がないけれど、それでもこんなにも多くの子供達がいる。

―――私の子供?

そう、みんな私の子供なんだ‥‥血は繋がってないけど、この子達は私のか けがえのない宝物。だからこんなにも愛おしく感じるんだ‥‥
どんなに苦労をかけさせられてもそれ以上の幸せを感じられる。
そっか‥‥子供が好きとか、仕事とかそういうのは関係ない、どれだけこの 子達に愛情を注いであげられるか、想ってあげられるかが大切なんだ‥‥
うん‥‥やっぱりこの道を選んでよかった。こんなにも多くの愛しさに包ま れる職業なんて他にないもの。


「むにゃむにゃ‥‥ひめせんせーだいすき‥‥」
「くすっ、私も大好きだよ」